コロナ禍で変化した、キャリアとコミュニケーション
中央職業能力開発協会様 メールマガジン「 JAVADA情報マガジン【全国版】2020年12月号」 連載コラム”フロントライン〔能力開発実践者からの報告〕” 寄稿いたしました。以下全文です。
コロナ禍で変化するキャリア
最終回は、表情を研究する者としての視点からコロナ禍をきっかけに変化したコミュニケーションについて考えたいと思います。現在、感染症予防のためのソーシャルディスタンスの確保や三密回避、そしてマスク着用が日常化しています。最初の頃は慣れないマスクが息苦しいと感じましたが、今では顔の一部のようになっており、取ると素顔を晒すような気分になるのも不思議な感じがします。
表情は対面コミュニケーションにおいて重要なツールになっているため、その大部分を覆うマスクをしたままでのコミュニケーションにおいては、息苦しさ以上に難しさを感じている方も多いのではないでしょうか。
引用 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000652.000006496.html
コロナ禍の対面コミュニケーションとおしゃれ・身だしなみに関する意識調査(㈱マンダム)
私たちは対面コミュニケーションにおいて、自分の思いを伝えるためのチャンネルを大きく3つ持っています。1つ目は「言葉」、2つ目はその言葉を伝える「声」、そして3つ目は「身体」です。「声」のチャンネルは、声の大きさや強弱、抑揚などであり、例えば同じ言葉でもその伝え方のニュアンスによって意味合いが異なって伝わります。3つ目の「身体」のチャンネルは目から入る情報となり、身振り手振りといったボディランゲージなどがそれにあたります。その「身体」のチャンネルのうち、表情は多くの情報を伝えるツールになっています。私たちは相手に感情を伝えたり、逆に相手の表情から言葉にならない感情や状態を察したりしながらコミュニケーションをとっているのです。そのためマスクで表情の多くを覆ってしまうと相手が何を考えているのかが分かりにくくなるだけでなく、自分の伝えたことがきちんと伝わったかを察することも難しくなり、コミュニケーションが取りにくいと感じることになります。
引用 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000652.000006496.html
コロナ禍の対面コミュニケーションとおしゃれ・身だしなみに関する意識調査(㈱マンダム)
下の女性の写真をご覧ください。マスクの下ではどんな表情をしているか想像できますか
一見、真顔に見える表情もマスクを外すと微笑んでいます。
このように口角は表情の中でも重要な役割をもっています。
ここから私の研究とも話が関係してきます。私が所属する明治大学先端数理インスティチュート(MIMS)は、社会および自然に現れるさまざまな現象の解明にむけた数理科学の発展と普及を図ることを使命とし、研究成果の社会への還元や身近な社会現象を数理モデルで解析しています。そこでは、文理融合の様々な研究も行われており、私は心理的側面から人工知能(機械学習)を用いて人の顔表情から快・不快感情、集中度低下といった状態を予測する研究を行っています。将来的に医師の診察技量の評価や自動運転における乗員の状態測定などへの適用を目指すものです。現在、人工知能を用いた顔認識率は限りなく100%に近付いており、本人認証のセキュリティにも用いられていますが、表情はリアルタイムで変化するものであり、その表出には個人差も大きいので正確な予測にはまだ課題も多く存在しています。
その中で、我々の研究チームの成果のひとつに癒しの表情研究があります。これは、その人が表情のどの部分に癒しや安心感を得ているのかを人工知能で予測したもので、美人画を用いて実験を行いました。人それぞれに表情の重視している部分は違うのですが、多くの人は口角に癒しや安心感を得ていることが分かりました。口角が上がる表情と言えば笑顔ですので、納得ではないかと思います。次に重視する人が多いのが目尻なのですが、目尻だけを動かすことは難しく、動きが連動している口角を上げないと目尻は下がりません。下記の絵は、「癒されない」と答えた方が多い表情の美人画の目と口部分に画像処理を加えたものです。随分印象が違うことを感じられたのではないでしょうか。
先に示した写真のようにマスク着用時には口角が隠れ、目の印象のみで表情全体を推測して判断されてしまうため、相手に間違った印象を与えてしまいかねません。マスク着用時の気を付けるべきポイントとして、口角をしっかり上げて目の印象を和らげ相手に安心感を伝えることや、普段より高めの声のトーンで話すと良いでしょう。印象が良くなるだけでなく、話も明瞭で聞き取りやすくなります。
また最近では、オンラインでの会議や研修・セミナーも日常化し、コミュニケーションのあり方もパラダイムシフトが起こっています。例えばコロナ禍の営業活動では、初対面からオンラインで商談を行うことも増えています。このような場合にはマスクを外したコミュニケーションが可能となるため、先述したデメリットを補えることは有効となるでしょう。またそれぞれの自宅からオンラインで会議をすることも増えました。しかしながら、対面でのコミュニケーションと画面越しのオンラインコミュニケーションには、「伝え方」「伝わり方」の違いもあるため、ここでポイントを整理しておきたいと思います。
まず、アイコンタクトは会話において潤滑油のような役割をもっていますが、オンライン上の複数人の会議で画面が幾つかに分割されているようなときには特定の相手とアイコンタクトをとろうとしても目線が合いません。アイコンタクトを送りたい時や話を強調したい時にはカメラを見るようにした方が良いでしょう。またzoomのスピーカービューといった声を発した人が表示される機能を使っている場合には、相槌を打つとせわしなく画面が変わってしまったり、発言者の話が遮られたりすることもあるためミュートを活用することや、頷きを普段より大きく多めにすることで相手が話しやすくなると思います。
そのようなオンラインの会議では、話者が限定されるので発言が分散せずに集中して聴けるというメリットがあります。それに伴い対面での会議にありがちな話が横道に逸れることや無駄な発言が少なくなり、効率的に会議を進められるということもメリットとして挙げられるでしょう。ただ現実には会議前後の一見無駄にみえる会話が重要だったりすることも少なくないため、こうした「ここだけの話」をフォローする手段も必要な気がします。
また、オンライン会議は対面時よりも疲れを感じる方が多いといわれています。同じ姿勢で画面を見続ける、という身体的な疲労もさることながら、複数の人と正対しながら話し続けることで複数の人の非言語情報を同時に処理する脳疲労や、常に見られているという緊張感が疲労を誘発するように思います。オンライン会議は効率的な手段ではありますが、違いを理解し上手く使い分けたいところです。
ここからは個人的な視点ですが、このようにマスクの常時着用が常識化し、さらに長期化することは、これからの社会生活に様々な弊害をもたらすのではないかと危惧しています。具体的には、相手の表情や感情を読み取れなくなることで対人関係が構築しにくくなったり、コミュニケーションが希薄になったりすることが考えられます。特に小さいお子さんの場合には、相手の微妙な表情から感情を読み取る体験が少なくなることで、言葉にならない相手の思いを想像したり思いやったりすることができなくなるだけでなく、自分の表情コントロールが上手くできなくなるのではと心配です。
自粛期間後に再開したある集合研修でこんな光景を目にしました。それは様々な企業から参加者が集まる研修だったのですが、例年ですと二日間様々なワークを通じて関係を育まれ、休憩時間には談笑されたり、昼休憩や終了後には連れだって食事に行かれたりする様子が見受けられていました。それが、今年は休憩時間にもほとんど会話をされる様子がなく、静まり返っていたのです。感染防止のために机と机の間を広く開けているため物理的な距離もありましたが、「不必要に話しかける」という行為を互いにためらわれているようにも見えました。
コミュニケーションは、時に面倒に感じることや非効率なこともありますが、社会的な生き物である私たちには不可欠な行為であり、心の健康を保つ上で必要なものでもあります。ちょっとした立ち話など、何気なく行っていたことが大切だということを皆さんも実感しているのではないでしょうか。ウイルス感染には十分注意を払う必要がありますが、必要以上に人との関わりを遠ざけることは避けたいものです。
この一年、私たちは世界規模の感染症拡大により、様々な環境変化への適応を余儀なくされてきました。2020年の終わりも近づいてきましたが、まだしばらくはこの状況が続きそうです。しばらく経ち、この記事を読み返したときには穏やかな日常が送れていることを願いつつ、この連載を終えたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。