満足のいくキャリア形成のための考え方
厚生労働省委託事業 キャリア形成支援専用メールマガジン ~きゃりあ道~
きゃりあのヒント
前回は、企業側から見たキャリア支援の重要性について書かせていただきました。
キャリアアップ、という言葉も使われますが、私自身はキャリアには成功も不成功も なく、自分自身が満足できるかどうかが大切だと思っています。今回は、自律した キャリアを主体的につくるためのヒントについてお伝えしたいと思います。
1.なぜ自律したキャリア形成が必要なのか
キャリアには外的キャリア(職業、職位などの客観的な側面)と内的キャリア(価値観、生きがいなどの主観的な側面)があります。1980年代末のバブル景気全盛期には、「3高(高学歴・高収入・高身長)」という言葉も流行ったように、皆が分かりやすく外的キャリアを求めていた時代がありました。その頃は、組織もピラミッド型の階層構造を保ち、そこに働く従業員は企業戦士として「24時間戦えますか」の精神で、より高い職位や収入を得ることがひとつの仕事のやりがいになっていたように思います。しかし、バブル経済の崩壊やリーマンショック、経済のグローバル化などを背景に年功序列の人事評価から能力評価主義の人事制度への変換、多様な雇用形態の導入など、企業内での個人のキャリアパスも一様ではなくなってきました。また最近では、若年層を中心に「上司を見ていて大変そうなので、今のままでいい」「昇任試験を受けたくない」という、外的キャリアに魅力を感じていない価値観を持つ人も増えてきています。
企業が終身雇用を保障できない時代になり、組織の構造もダイナミックに変化する中で、突然自分の目指すポストが無くなったり、職位がダウンしたりすることが起こる時代になった今、自分自身の仕事のやりがいを外的キャリアだけに依存しているとモチベーションダウンが起こってしまいます。だとするならば、仕事をする上での意義や価値といった内的キャリアをモチベーションの源泉にすることも必要になってきます。主体的に自律したキャリア形成を行うことは、日々いきいきと働く上でのモチベーションにも大きく関わってくると思っています。
2.満足できるキャリア形成のために「自分を知る」
自分自身が満足できるキャリアを積み重ねていくために必要なことは、まず自分を知ることからではないでしょうか。自分が得意なこと、苦手なことは何なのか。どんな仕事をしている時にやりがいを感じるのか。仕事をする上での譲れない価値観は何なのか。今のライフステージで果たすべき役割や期待されている役割を知ること。そして、何よりも自分自身が望むライフスタイルが明確になっていることが重要だと考えます。
9月に出版した著書「自分のことがわかる本~ポジティブ・アプローチで描く未来~」(岩波書店ジュニア新書)もそのような考えから、自己理解を深めながら自分のやりたいことやありたい自分像を描き、前向きにキャリアを考えるきっかけにしてもらえたら、という思いをこめて書かせていただきました。自分のことは自分が一番良く知っている、と思われがちですが、本当にそうでしょうか。著書の2章「今の自分を深く知ろう」から「コミュニケーションで自分を知ろう」の項目より、一部抜粋引用してそのエッセンスをお伝えしたいと思います。
(以下引用)アメリカのジョセフ・ラフトとハリー・インガムという二人の心理学者が提唱した「ジョハリの窓」という有名な理論があります。これは、私たちが他者とのコミュニケーションによって自己理解が深まっていくことを説明するものです。私たちは自分のことを自分が一番分かっているようで、実はそうでもないこと。他者からの鏡が無ければ、正しく自分を理解できないことを示唆する図でもあります。誰でも自分について自分が分かっている部分と気付いていない部分、周りの人はみんな知っている自分の部分と知られていない部分があります。
「開放の窓」は、自分も知っていて、かつ他者も知っている部分ですから、人はこの領域でコミュニケーションを取っています。(省略)次に「秘密の窓」は、ズバリ、相手には知らせていない秘密の部分です。この部分は相手によって、大きさが変わってきます。知り合ったばかりの人と昔からの大親友では当然大きさが変わっていますよね。ここは、付き合う長さによって違うかといえば、そうでもありません。(省略)ある意味で、自分自身でこの部分の大きさはコントロールしたり、出来る部分でもあります。自分のことを他者に知らせる行為を自己開示、といいます。「盲目の窓」ですが、これは自分自身は気付いていない部分だけれども、周りの人はみんな知っている部分です。ちょっと気になりますね。例えば、口癖であったり、無意識に行っている行動のようなものです。この部分は、相手から教えてもらわない限りは、自分で気付くことは出来ません。(省略)そして「未知の窓」です。ここは「潜在能力の窓」と言われることもあります。要するに自分も他者も気付いていない窓ですから、この部分にこそ、あらゆる可能性が存在していると言ってもいいかも知れません。この部分を知る(つまり小さくする)には、どうしたら良いのでしょうか。そうです、ちょっと勇気のいることかも知れませんが、積極的に自己開示をして「秘密の窓」を出来るだけ少なくしていくことと、他者からのフィードバックを素直に受け入れて「盲目の窓」を広げていくことです。(以下、省略)
3.自分のキャリアは自分でつくる
先日、ある企業に中途採用で入社された方のエピソードをご紹介したいと思います。その方は、理系のエンジニアでずっと製造業の開発部門で経験を積まれたそうです。業績悪化で、止む無く転職をすることになったそうですが、履歴書に長々と綴った職務経歴や資格ではなく、面接で話が及んだ趣味の話から採用に至ったというのです。趣味でつくっていたアプリケーションに採用側が関心を示され、たまたまそのようなスキルをもった人を探していたということで、本来の募集業務と違う部門、職種で採用されたということです。これもまた潜在能力の窓が開いたひとつの事例ではないかと思います。ご本人にしてみたらまさか自分の趣味が仕事になるとは微塵も思っておらず、「本当にラッキーだった」と語られました。この「ラッキー」を自分でつくり出していくことを、私は「戦略的なキャリア形成」として研修などでお伝えしています。
そのように案外自分自身では、自分のもつ強みや可能性に気付かないことが多いものですし、毎日前に向かって歩いている私たちは、自分の歩いてきた道を振り返ってみることも少ないものです。キャリア研修やキャリアカウンセリングでは、そうした振り返りを自分だけでなく、他者と行っていくことであらたな自分や本当にやりたいことを見つけることができることも効果であると感じています。
先日実施したキャリアデザイン研修受講後の受講者アンケートの一部をご紹介し、その効果もお伝えできればと思います。(原文のまま一部抜粋)
■理想に向けての実現の仕方を改めて考えることで、日頃の仕事に向かう姿勢にもつながると感じた。
■仕事に対する自分のモチベーションを掘り起こすこと、そして自分の内面を“分かち合う”ことはとてもキツかったですが、お陰で自分のやりたいことがおぼろげに見えてきた気がしています。
■この研修を通して、今まで自分の中で抱いていた漠然としたキャリアイメージが明確化した。目標に向け戦略的に行動することの重要性を学んだ。
■あらためて、自分のキャリアについて向き合うことができ、自分の大事にしたいものに気づくことができました。
■漠然と今の職務に取り組むだけでなく、先の理想を見据えてこれからの日々を過ごしていきたいと思った。
「自分の人生は自分ではどうにもならない」「この会社にいてもどうせ○○どまりだ」では、少し残念です。限られた人生をどのように生きるか、どのように過ごせば自分自身の満足のいく人生だったといえるのか。最初の話に戻りますが、そのために自分自身の強みや、やりがいを感じられるモチベーションの源泉を知り、自分自身で自分の望むライフスタイルの実現に向けて、キャリアビジョンを明確にもつことも実現のための一つの方法といえるのではないでしょうか。
次回は、キャリア支援に必要なメンター機能についてお伝えする予定です。